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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)5981号 判決

原告兼原告亡甲野太郎承継人 甲野花子

〈ほか一一名〉

右一二名訴訟代理人弁護士 下光軍二

同 安彦和子

同 石戸谷豊

同 栗栖康年

同 野島信正

同 渡辺征二郎

右訴訟復代理人弁護士 長尾亮

被告 ベルギーダイヤモンド株式会社

右代表者代表取締役 小城剛

被告 小城剛

右二名訴訟代理人弁護士 伊藤文夫

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、別紙請求額一覧表氏名欄記載の各原告に対し、当該原告に対応する同表請求額欄記載の各金員及びこれに対する昭和六〇年六月一四日から(ただし、被告小城剛については、同年七月一六日から)支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  1につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告ベルギーダイヤモンド株式会社(以下「被告会社」という。)は、宝石等の卸売及び小売を目的として設立された株式会社であり、被告小城剛(以下「被告小城」という。)は、被告会社の代表取締役である。

2  被告会社におけるダイヤモンドの販売は、以下のとおりの販売組織(以下「本件組織」という。)により行われていた。

(一) 被告会社は、同社との間でダイヤモンド(以下「ダイヤ」という。)の販売媒介委託契約(以下「本件契約」という。)を締結した者の媒介を通じてダイヤの販売を行っており、ダイヤを購入して本件契約を締結した者(以下「ビジネス会員」という。)の被告会社における地位は、その売上累計額等に従い、次の四段階に区別される。

(1) DM(ダイヤモンドメンバー)

被告会社からダイヤを購入し、かつ、被告会社との間で本件契約を締結した者がDMとなる。

(2) OM(オフィシャルメンバー)

自己の配下に三名以上のDMを紹介加入させ、かつ、自己及び配下者の売上累計額が二一〇万円以上であり、被告会社主催のMCC(マネージメントコンサルタントクラス)という名の講習を受けたDMがOMとなる。

(3) BDA(ベルギーダイヤモンドエージェンシー)

自己の配下に三名以上のOMを加入させ、かつ、自己及び配下者の売上累計額が八〇〇万円以上であるOMがBDAとなる。なお、BDAは会社組織にすべきことになっている。

(4) BDM(ベルギーダイヤモンドマネージャー)

自己の配下にBDA三社を加入させ、かつ、自己及び配下者の売上累計額が一八〇〇万円以上であるBDAがBDMとなる。なお、BDMは、会社組織にすべきことになっている。

右のとおり、本件組織の加入者は、最低一名から三名、三名から九名、九名から二七名と三の累乗で増加する仕組みになっている。

(二) そして、ダイヤの販売代金は、被告会社が、その八五パーセントないし五〇パーセントを取得する。残る一五パーセントないし五〇パーセントは、ビジネス会員が取得するが、その配分は、ビジネス会員が直接販売媒介した場合とその配下者が販売媒介した場合とで区別され、ビジネス会員の地位及び累計売上高に応じ、一定割合が還元される。

(三) 以上のとおり、本件組織は、ダイヤ購入を条件として販売組織的に加入した者が、その配下に同様の加入者を組み入れるに従い、同人及びその配下者の媒介によるダイヤ販売代金の一定割合の還元を受けることができるというものであり、その特色は、連鎖的人的組織の利用による販売方法及びその販売代金の配分方法にある。

3  しかしながら、本件組織を利用して行われた被告会社のダイヤの販売方法(以下「本件商法」という。)は、以下の理由で違法である。

(一) 本件組織に内在する違法

(1) 被告らの暴利と多数損害者の必然的発生

本件組織においては、被告らは、最低三の累乗で増加する加入者全員から右2(二)のとおり高率で収入を得ることができるのに対し、本件契約を締結した加入者は、自己及びその配下者の売上の一定割合を還元されるにすぎず、しかも、最低三の累乗の加入者が増加する連鎖販売方法を前提としているため、人口の有限な世界においては、右増殖がやがて破綻することは不可避である。そして、破綻した場合には、本件組織の大部分の加入者は投下資本の回収が不可能となり、損害を受けることになる。したがって、結局、本件組織は、被告らのみが暴利を得られる反面、多数損害者が必然的に発生するという仕組みの上に成り立っているものである。

(2) 社会悪の多発

本件組織への加入の勧誘は、家族や、友人及び知人など信頼関係ある人脈を通して行われるため、本件組織が破綻を来した場合等には、右信頼関係が破壊される結果、家庭内不和や、友人の喪失等をもたらすことになり、そのため、ノイローゼ、不眠症等の心身障害をおこす等多種多様の社会悪を発生させている。右社会悪は、本件組織の仕組みが必然的にもたらす結果である。

(3) 特別法と同質の違法性

ア 本件組織は、無限連鎖講の防止に関する法律(昭和五三年法律第一〇一号)により禁止されている無限連鎖構(いわゆる「ネズミ構」)そのものである。すなわち、同法二条で定義されている無限連鎖講と、本件組織との相違点は、前者が一定額の金銭支出を要件としているのに対し、本件組織の場合は金銭自体ではなく、ダイヤの販売代金の支出が必要であるという点にある。しかし、本件商法の目的は金銭利得にあり、ダイヤ販売は単なる手段にすぎないものというべきであるから、本件組織は、無限連鎖講の一種と解すべきである。すなわち、本件商法においては、ダイヤ購入の勧誘は、金銭利得をうたい文句にしてされており、また、会員の約九割もがダイヤの購入を金銭利得のために行っており、さらに、会員らは、購入したダイヤ裸石を実費ないし原価で指輪等に加工し得る特典を有しているのにこれを利用しておらず、しかも、原告らの購入したダイヤの適正価格が、その購入価格の一〇分の一程度にすぎないものであった等の事情があり、そうすると、本件組織におけるダイヤの購入は、通常の宝石の購入ではなく、あくまでも金銭利得のための手段であり、購入代金の支払はそのための支出とみるべきである。仮にそうでないとしても、無限連鎖講の違法性は、主宰社の暴利と多数損害者の発生及びその必然的破綻による社会悪の多発をもたらすことにあるところ、本件組織もこれと全く同様の結果をもたらすものであるから、同様に違法である。

イ また、本件組織及びこれを利用した本件商法は、訪問販売等に関する法律(昭和五一年法律第五七号。以下「訪問販売法」という。)が実質的に禁止しているいわゆるマルチ商法と同様のものであり、訪問販売法を脱法するものである。すなわち、本件商法においては、販売組織加入者は、被告会社の商品であるダイヤの販売を媒介する形式をとっているから、昭和六三年法律第四三号による改正前の訪問販売法(以下「旧訪問販売法」という。)一一条の「物品の再販売をする者」との要件に該当しないが、本件組織に加入するためには、三〇万円以上のダイヤを購入することが条件となっており、これは同条の「特定負担をすることを条件に」との要件に該当する。本来、人的連鎖組織を利用した金員利得を目的とした商法は、多数の者の犠牲において主宰者が暴利を得、かつ、社会悪を多発させるものとして許されるべきではなく、訪問販売法は、このようなマルチ商法につき、マルチ販売組織に加入させるに当たり会員の加入状況や会員の月平均取得額等の重要事項について真実を告げることを要求するなどして、この商法を実質的に禁止する目的で制定されたものである。しかるに、本件商法は、旧訪問販売法一一条の「再販売」の要件を回避するため、販売媒介の形式をとったにすぎないものであるから、違法なものというべきである。

(二) 本件商法における勧誘方法の違法

被告会社は、ダイヤ購入を勧める際、最初はその目的を秘匿し、既契約者を通じて、単に「非常に良い儲け話がある。」などと強調させて、被勧誘者を被告会社に同行させる。そして、被勧誘者に対し、同所において、突然、BC(ビューティフルサークル)という名の講座を受講させて、虚偽甘言を弄した勧誘により集団催眠をかける。その内容は、会場を豪華に装い、クラシック音楽の流れる中で既契約者が握手攻めで新入者を迎え、映画を上映し、成功者による経験を語り、その間に盛大な拍手を送るなどして、会場内の雰囲気を異常な興奮状態に高め、正常な判断能力を麻痺させるというものである。すなわち、被告会社は、真実の目的を告げずに原告らを勧誘場所に誘い出した上、同所において、不意打ち的に悪質巧妙な勧誘を行い、原告らがダイヤを購入するかどうかを検討するために必要な時間的余裕を与えず、原告らをして、ダイヤを購入して本件組織に加入し、ダイヤ販売の媒介活動を行えば、短期間に容易に多額の収入を得ることができるかのように誤信させて、正常な判断の出来ない状況下で不必要なダイヤを購入させたものであって、このようなダイヤの販売方法は違法である。

4  被告会社及び被告小城は、過去のネズミ講やマルチ商法の例に照し、本件商法のような人的連鎖組織による金員利得の仕組みが多数被害者と社会悪を発生させること等を熟知していたにもかかわらず、不法な利得の取得を目的として巧妙に無限連鎖講の防止に関する法律や訪問販売法を脱法して本件組織及びこれを利用した本件商法を考案し、組織的に前記の勧誘行為を実施した。

5(一)  原告乙田竹子を除く原告ら並びに承継前原告亡甲野太郎及び同乙田六郎は、前3の被告会社の本件商法とその実現手段である組織的勧誘の結果、別紙損害一覧表記載のとおり、被告会社からダイヤを購入させられ、本件契約を締結させられた。

(二) 承継前原告甲野太郎は、平成元年一月三一日、死亡し、その本訴請求債権については、原告甲野花子が相続し、承継前原告乙田六郎は、昭和六三年八月二一日、死亡し、その本訴請求債権については、原告乙田竹子が相続した。

6  被告らの責任

(一) 被告会社は、原告らに対し、違法な本件商法により後記の各損害を与えたものであるから、民法七〇九条に基づく損害賠償責任がある。仮にそうでないとしても、被告会社は、本件商法について、被告会社の社員らが行った不法行為の使用者として民法七一五条に基づく損害賠償責任がある。

(二) 被告小城は、被告会社の代表取締役として、違法な本件商法を推進していたものであるから、民法七〇九条に基づく損害賠償責任がある。また、被告小城には、違法な本件商法の実施について重大な過失があったから、商法二六六条の三に基づく損害賠償責任もある。

7  原告らの損害

原告らが、本件商法により受けた損害は、別紙損害一覧表のとおりであり、その内訳は、以下のとおりである。

(一) ダイヤ購入代金

被告会社は、原告らに対し、不必要なしかも著しく価値の低いダイヤを購入させ、右購入代金と同額の損害を与えた。

(二) 受講料

被告会社は、原告らに対し、受講料名下に各一万五〇〇〇円を支払わせ、これと同額の損害を与えた。

(三) 印紙代

被告会社は、原告らに対し、本件契約の契約書作成のための印紙代各四〇〇〇円を支払わせ、これと同額の損害を与えた。

(四) 慰藉料

原告らは、本件商法により、ダイヤを購入させられ、ビジネス会員となったため、家族や親戚や知人との信頼関係を失う等の精神的苦痛を受けた。原告らが受けた右精神的苦痛を慰藉するための慰藉料としては五万円を相当とする。

(五) 弁護士費用

本件訴訟のため原告らが要する弁護士費用のうち各一〇万円は、被告らの不法行為によって各原告について生じた損害に該当すると認めるのが相当である。

8  よって、原告らは、被告らに対し、各自不法行為に基づく損害賠償として各原告に対応する別紙請求額一覧表の請求額欄記載の各金員及び被告会社については不法行為の後である昭和六〇年六月一四日から、被告小城については不法行為の後である同年七月一六日から、右各金員に対する民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因1及び2は認める。

2  同3及び4は否認する。

3  同6は争う。

4  同7は否認する。

三  被告らの反論及び主張

1  本件商法について

(一) 本件組織の仕組みについて

(1) 原告らは、本件商法が必然的に破綻する商法である旨主張しているが、理論的にはあらゆる商法は市場が飽和すれば破綻する。したがって、抽象的に算術的な会員の増加と市場の有限性を論じたところで、その商法を違法とすることはできない。現実問題として、過去に会員の数が人口に達して飽和状態になり破綻したマルチ商法の例はない。ピラミッド組織を形成することがあるというだけで本件商法を違法ということはできない。マルチ商法の違法性は、具体的勧誘方法、商品価値、被害の有無等の各点によって判断されるべきものである。

(2) 本件組織は、あくまでもダイヤ販売組織であって、無限連鎖講の防止に関する法律が禁止するようなダイヤ販売の名に借りた金銭配当組織ではない。

このことは、被告会社の販売するダイヤの品質が優良であり、その販売価格に見合う品質のものであったこと、被告会社は、全国に二〇を超える営業店舗を有してダイヤ販売を行い、原告らにおいては、すべて店頭でダイヤを検分した上で購入したものであり、購入の際の商品への着目が極めて強いこと、ダイヤ購入者には、被告会社愛好会会員として、次回購入時の割引、会員フロアの利用、イベントへの招待等の様々な特典が与えられていたこと、被告会社が、外部鑑定機関に委託するなどしてダイヤの品質向上の努力をしていたこと等の事実から明らかであり、このように商品としての価値、購入者の商品への着目度及び被告会社のダイヤ販売会社としての実態等を無視して、本件組織を金銭配当組織と同一に論ずることはできない。また、金銭配当組織の場合と異なり、本件商法が破綻した場合でも、本件組織の加入者には、その手元に商品価値の十分あるダイヤが残ることになり、経済的被害は受けないから、本件商法の仕組みが無限連鎖講のように多数被害者を必然的に発生させるという違法性があるということはできない。

(3) 次に、訪問販売法は、昭和六三年法律第四三号による改正の前後を通じて、連鎖販売取引を行う者に対して行為規制をしているにすぎず、マルチ商法を行うこと自体を禁止してはいないから、本件商法は、右改正の前後を通じて訪問販売法により実質的に禁止されてはいない。なお、旧訪問販売法の「物品の再販売をする者」との要件は、従来の再販売型マルチ商法において、破綻した場合に末端加入者に在庫負担という損失が残るという弊害があったことから定められたものであり、「特定負担をすることを条件に」との要件は、末端加入者の損失が二万円以上発生する場合に同法による行為規制をする趣旨であるというべきであるところ、本件商法の場合は、在庫負担という弊害はなく、ダイヤ購入代金は商品価値あるダイヤの対価にすぎないから、これをもって負担とすることはできない。したがって、本件商法は、旧訪問販売法の規制対象になっていたものではないし、その趣旨を潜脱したものでもなかった。

(4) 本件組織への加入の勧誘においては、不実、誇大宣伝はなく、その販売するダイヤは価値あるものであり、被告会社と会員との間の契約内容は明確で、その契約解除についても何ら制限はない。本件組織への加入には、ダイヤ購入代金以外に出資金等の負担を要しないし、紹介についてのノルマもない。紹介活動が成功しなかった場合でも、手元に価値あるダイヤが残り、投資金の回収不能や不要な在庫負担という事態が生ずることはない。このように、本件組織及びこれを利用した本件商法は、従来マルチ商法の弊害とされてきた点を極力回避すべく工夫されているから、適法なマルチ商法であるというべきである。

(二) 勧誘方法の違法性について

(1) 被告会社は、販売組織の会員に対し、「具体的な説明をせずに被告会社に連れてくるように」と指導していたが、そのこと自体は価値的には中立な行為であって、本件組織の仕組み自体や被告会社における商品購入までの勧誘行為が違法であるということを前提としない限り、具体的な説明をせずに被告会社に連れてくることがそれだけで不法行為を構成するものではない。具体的な説明をさせずに被告会社に同行させたとしても、新米会員に説明させるよりも、被告会社のベテラン会員に説明させる方が適切な説明ができるのであるから、販売方法としてそのような方法をとったこと自体を違法ということはできない。

(2) また、原告らがBCを受講した段階で、被告会社が、先輩会員による拍手、握手ぜめ等により会場を異常な興奮状態に高める演出をし、原告らの正常な判断能力を麻痺させてダイヤを購入させた事実はない。BCにおいてはダイヤの知識に関する映画を上映し、被告会社の商品及び販売組織に関する説明がされ、ダイヤの購入と組織への参加の勧誘がされるが、被告会社としては不当な勧誘方法を採ることがないように後記(3)のとおり会員を指導監督していたものである。なお、BC受講後、原告らがダイヤを購入し、被告会社との間で本件契約を締結した場合には、MCC(マネージメントコンサルタントクラス)を受講してDMとして販売媒介活動を開始することがある。しかし、そのMCC会場がある程度熱狂的な雰囲気のものであったとしても、MCCは、既にビジネス会員となった者に対する純然たる販売促進教育の場にすぎないし、そもそも、原告らは、ダイヤを購入し、本件契約を締結し、MCC受講料を支払った後、はじめてMCCに接するのであるから、原告らの主張するダイヤ購入代金等の損害は、MCCにおける教育とは因果関係がない。

(3) 被告会社は、会員の質の向上のため、態度の不真面目な者や二五才以下の者の販売組織への加入を拒否し、ビジネス会員を希望する者に対しては、トレーナーによる承認面接を行い、右承認面接においては、不当勧誘の禁止の周知徹底等に主眼が置かれ、ダイヤは利殖になるとか、絶対に儲かる等射幸心を煽るような言葉を用いないこと、無理に勧めたり誤解を招くような説明をしないこと等を記載した誓約書を朗読させることとし、疑問点等があればチェックするようにしていた。また、末端会員による勧誘行為が放任されないように一店舗最低一〇人、約二〇〇人のトレーナーを育成し、不当勧誘の防止に努めていた。

このように、被告会社は、一般に違法勧誘の防止に最大限の努力を払い、またそれは実行されていたのであって、被告会社が違法な勧誘方法を組織的に実施していた事実はない。

2  ダイヤの価値について

(一) 被告会社の販売していたダイヤは、いわゆる4C(カラー、クラリティー、カラット、カット)の基準によってみた場合、極めて品質の高いものであり、このことは、ダイヤ販売時に原告らに交付した鑑定書の記載から明らかである。

(二) 一般に物の値段は、多くは合理的根拠のないものである。ダイヤの相場は様々な事情によって形成、変動するものであり、流通マージンや付加価値というものに客観的な基準はない。特にダイヤのような嗜好品について適正な相場などというものはなく、被告会社のダイヤ販売価格の設定が違法な程度に達していたなどということは不可能である。

3  原告らの損害について

(一) 本件において、ダイヤの購入代金全額が原告らの損害ということはできない。およそ、不法行為における損害とは、加害原因の発生前の財産の価格とその発生後の財産の価格の差額であるとういべきであるから、原告らの購入したダイヤの代金全額が損害となるのではなく、ダイヤの適正の価格と購入代金の差額とが損害であるというべきである。

(二) また、慰藉料については、原告らの精神的損害は個人差の大きいものであって、すべての原告に共通するものとはいえず、かつ、それは、被告らの行為によって通常もたらされるべき直接的な被害及び精神的苦痛とはいい難いし、被告らにはその予見可能性もないというべきである。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1及び2記載の事実は当事者間に争いがなく、また、原告らが、本件組織の会員から勧誘を受けて、被告会社からダイヤを購入した上、被告会社との間で本件契約(販売媒介委託契約)を締結して本件組織に加入したことは、被告らが明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

二  本件組織の仕組みについて

請求原因2記載の事実に、《証拠省略》を総合すれば、原告らが被告会社からダイヤを購入した当時の本件組織の概要は、以下のとおりであったことが認められる。

1  被告会社からダイヤを購入した者は、被告会社の愛好会会員として登録される。愛好会会員には、次回ダイヤ購入時における一五ないし三二パーセントの割引、実費負担による指輪等の修理や加工等のリフォームサービス、全国の被告会社の店舗における会員フロアの利用やコーヒーの無料サービス、被告会社の主催するパーティ等への無料招待ないし優待等の特典が提供されるほか、2記載のとおり、被告会社との間で本件契約を締結して被告会社のダイヤの販売媒介活動を行い、手数料等を取得することができる資格が与えられる。

2  愛好会会員となった者のうち、被告会社のダイヤの販売媒介活動を行うことを希望する者は、ビジネス教室を受講した後、被告会社との間で本件契約を締結して、DM(ダイヤモンドメンバー)となり本件組織の一員となる。DMとなった者は、会員勧誘の方法を修得するために必ずMCC(マネージメントコンサルタントクラス)を受講しなければならず、その受講費用は一万五〇〇〇円である。そして、DMとして販売媒介活動を行った者に対しては、その売上実績(累積売上高)に応じ、その売上額(販売価格から物品税額を差し引いた額)の一五パーセントから三二パーセントの販売媒介手数料及び指導育成料(以下「手数料等」という。)が支払われる。

3  MCCを受講したDMが、売上累計額二一〇万円以上の成績をあげ、かつ、自己が直接紹介してDMとなった者を三人以上育成した場合は、翌月から、OM(オフィシャルメンバー)に昇格する。OMとなった者に対しては、売上実績に応じ、二二パーセントから三二パーセントの手数料等が支払われ、自己の配下のDMが販売媒介により売上をあげた場合には、自己に適用される手数料等の料率とその配下者に適用される料率との差に応じた手数料等を取得することができる(以下、OMの上のBDA及びBDMにおいても、同様に配下者の売上について、自己に適用される手数料等の料率とその配下者に適用される料率との差に応じた手数料等を取得することができる。)。

4  OMとなった者が、売上累計額八〇〇万円以上の成績をあげ、かつ、自己が直接紹介してOMとなった者を三人以上育成し、BDAトレーニングを受講した場合は、翌月以降はBDA(ベルギーダイヤモンドエージェント)に昇格する。BDAとなった者に対しては、自己の売上額の三七パーセントの固定した手数料等が支払われるほか、自己が直接紹介してBDAとなった者の売上額の四パーセント及び自己を初代として数えて三代目の直系列のBDAの売上額の四パーセントをそれぞれ取得することができる。なお、BDAは法人化することができる。

5  BDAとなった者が、その後、自己及びその配下者の一か月間の売上累計額一八〇〇万円以上の成績をあげ、かつ、自己の直接紹介したBDAを三人(社)以上育成した場合は、翌月からBDM(ベルギーダイヤモンドマネージャー)に昇格する。BDMとなった者に対しては、自己の売上額の四七パーセントの固定した手数料等が支払われるほか、自己が直接紹介してBDMとなった者の売上額の二パーセント及び自己を初代として数えて三代目の直系列のBDMの売上額の一パーセントをそれぞれ取得することができる。なお、BDMを法人化しなければならない。

6  以上のとおり、本件組織に加入するためには、既にダイヤを購入していることが必要であるが、会員は、DMになる際にMCC受講料一万五〇〇〇円を支払うこと以外には、本件組織の加入や内部での昇格に当たり加盟金や保証金等を支払う必要はない。また、BDMへの昇格の場合を除き、昇格のために所定の売上額を一定期間内に達成することは要件とされておらず、昇格の要件である売上累計額の達成及び会員育成について期間の制限はない。さらに、組織の末端のDMでも、自己が紹介した者がダイヤを購入したときは、その購入者が組織に加入して会員になるかどうかにかかわりなく、直ちにその売上額の中から前記所定の手数料等を取得することができるし、愛好会会員としての特典も享受することができる。そして、本件組織は、被告会社のダイヤの販売媒介を目的とし、会員が被告会社からダイヤを購入して再販売を行うことを目的とするものではない。

以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。

三  本件組織の仕組み自体の違法性について

1  原告らは、本件組織は、人口が有限な世界においては、破綻することが不可避であり、これが破綻した場合には、被告らは暴利を得る反面、多数の被害者が発生するから、その仕組み自体が違法であると主張するので、この点について判断する。

(一)  確かに、本件組織においては、加入者は、自ら又はその配下者の紹介による新規購入者・新規加入者があって初めて、所定の料率による手数料等を取得することができるのであるから、後の加入者が前の加入者が取得したのと同等の利益を取得することができるためには、更に後の加入者があることが必要であり、かくて、加入者の人的連鎖が無限に続くことが前提とされているのであり、現実には無限連鎖的に加入者を得ることは困難なことであるから、本件組織は、原告らのいう人口飽和に達する前に、いずれ破綻の日を迎えるであろうことは容易に推測されるところであり、本件組織が破綻したときは、未だ前の加入者が取得したのと同等の利益を取得していない加入者が残ることは必定である。

しかしながら、本件組織においては、加入者は、加入の前提として、被告会社からダイヤを購入し、かつ、MCC受講料として一万五〇〇〇円を支払うほかは、何らの負担をする必要がないこととなっていることは前示のとおりであるところ、右MCC受講料は、加入者が新規加入者を勧誘するための技術について被告会社から受ける指導の対価であり、その額が不相当に高額であるとも認め難いから、右ダイヤがその販売価格に比して著しく価値の乏しいものでない限り、たとえ加入者が新規購入者・新規加入者を得られないため、何ら手数料等の支払を受けることができないままに終わることがあるとしても、加入者に格別の損害を残すものとはいえない。また、右ダイヤがその販売価格に比して著しく価値の乏しいものでない限り、原告らが主張するように、被告会社が暴利を得ることになるとも認め難い。

(二)  そこで、次に、被告会社が原告らに対して販売したダイヤの価値について検討する。

《証拠省略》によれば、被告会社は、その販売するダイヤのルース(裸石)をすべて被告会社の一〇〇パーセント子会社であるベルギー貿易株式会社を通じてイスラエル、ベルギー及びアメリカの各取引業者から仕入れ、その後、右ルース(裸石)の鑑定を外部の鑑定機関に依頼していたこと、右鑑定機関においては、米国宝石学会(G・I・A)方式(現在のところ我が国で最も普及している鑑定方式であるとされている。)による鑑定評価方法により、ダイヤの品質を鑑定していたこと、右方式による鑑定評価の方法は、いわゆる4C(カラット、カラー、クラリティ、カット)の基準により、ダイヤの品質を評価するものであるが、被告会社は、右鑑定評価により、原則としてカラーグレードH以上(黄味を帯びない無色のものが上質とされ、DからZまでの各段階に分れ、最高のグレードはDである。)、クラリティーグレードVS以上(ダイヤの内包物や傷が少ないものが上質とされ、FL、IF、VVS1、VVS2、VS1、VS2、SI1、SI2、I1、I2、I3の各段階に分れ、最高のグレードはFLである。)と評価された品質のダイヤのみを商品として販売する方針をとっていたこと、現に承継前原告乙田六郎が代金四五万円で被告会社から購入したダイヤに付けられていた日本宝石鑑定所作成の鑑定書には、〇・三〇一カラット、カラーグレードF、クラリティグレードVS2である旨の鑑定評価が、証人甲山の夫である甲山七郎が代金四一万五〇〇〇円で被告会社から購入したダイヤに付けられていた東京宝石鑑別協会作成名義の鑑定書には、〇・二五〇カラット、カラーグレードF、クラリティグレードVS1である旨の鑑定評価が、それぞれ記載されており、右各鑑定評価自体、妥当性を有するものであること、被告会社が販売するダイヤの価格については、被告会社の鑑定士が、仕入価格の五倍を基本とし、これに他の取引事例等を併せ考えて設定しており、右ダイヤの価格設定は、一般の宝石小売店における価格設定と比較すると、若干高めではあるが、不公正かつ不相当なものとまではいえないこと、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

もっとも、《証拠省略》中には、被告会社が販売したダイヤは、その販売価格に比し著しく価値が乏しいものであるとの趣旨の記載及び供述部分があり、また、《証拠省略》には、大阪の一宝石業者の鑑定意見として、被告会社が大阪で販売したダイヤの指輪等の宝飾品の宝石業者間における取引価格を評価すれば、その販売価格の約一〇分の一程度であるとした判断の記載がある。しかしながら、右各証拠によれば、原告らが購入したダイヤの価値を確認した方法は、いずれも市中の宝石店や知人の宝石商等に頼んで見てもらったというにすぎないことが明らかであるところ、一般にダイヤの販売価格の決定には流行や需要者の嗜好等の主観的な側面が大きく影響し、適正な販売価格の決定自体が困難であって、ダイヤは換金性に乏しいものであることにかんがみれば、市中の宝石店等において原告らの購入したダイヤがその購入価格の一〇分の一程度にしか評価されなかったとしてもそのことから当然に被告会社の価格設定が不合理なものであったとすることはできない。

他に原告らが被告会社から購入したダイヤが購入価格に比して著しく価値の乏しいものであることを認めるに足りる証拠はない(原告らは、当裁判所が慫慂したにもかかわらず、原告らが購入したダイヤの検証や、その標準的小売価格の鑑定を求める等として、その価値が乏しい旨の原告らの主張を個別具体的に立証しようとしない。)。

以上の事実によれば、被告会社が原告らに対して販売したダイヤは、一定程度以上の品質を備えた真正なダイヤであって、その販売価格に比して著しく価値の乏しいものではなかったと認めるほかはない。

(三)  もっとも、本件組織においては、加入者は、後の加入者が被告会社に対して支払うダイヤの購入代金を原資として、被告会社から所定の手数料等の支払を受けることが予定されていたことは、前に認定したところから明らかであり、右購入代金の最大四七パーセントもが前の加入者に対する手数料として支払われる仕組みとなっていたことは、前認定のとおりである。そうすると、被告会社は、ルースをその一〇〇パーセント子会社を通じて海外から仕入れ、それを、そのまま又は加工して、直接原告らに販売していたものであり(このことは前認定のとおりである。)、したがって、被告会社は、一般の小売店が卸売業者を通じて仕入れたダイヤを消費者に販売する場合と比べれば、割安にその価格を設定することができる事情があったものと推認されるが、そのことを考慮してもなお、本件組織におけるダイヤの販売代金はある程度割高に設定されていたであろうことは想像に難くない。

しかしながら、原告らは、本件組織が前記のような仕組みとなっていることについては、本件組織に加入する際に説明を受けて承知していたのであり、右のような仕組みの性質上必然的に販売代金が割高に設定されているであろうことは見やすい道理であるから、原告らは、そのことを知っていたか、少なくとも容易に知り得たものというべきである。そして、原告らが、他の加入者の勧誘に成功し、手数料等の支払を受けることができることを期待し、そのことに魅力を感じて本件組織に加入したものであることは、弁論の全趣旨により明らかであるから、原告らは、いわばそのような利益を得ることができる可能性があることの代償として、ダイヤの販売代金がある程度割高に設定されていてもやむを得ないものと認容していたとみるべきであり、たとえ現実にそのように認容していなかったとしても、その思惑が外れたことによる不利益は自ら甘受すべきである。

(四)  したがって、本件組織が破綻することが不可避であること等を理由として、本件組織の仕組み自体が違法であるとする原告らの前記主張は理由がない。

2  次に、原告らは、本件組織への勧誘は、家族や友人など信頼関係ある人脈を通して行われるため、本件組織が破綻を来した場合等には、右信頼関係が破壊され、種々の社会悪を発生させると主張する。

しかしながら、ある取引についての勧誘が、従前の人的関係を利用して行われること及びそれが失敗した場合にその人的関係が破壊されることは、他の取引の勧誘においてもみられるところであり、本件組織のような組織への勧誘の場合に限られるものではないから、本件組織への勧誘が、多くの場合に従前の人的関係を利用し、これを破壊する結果を伴ったとしても、そのことの故に、本件組織を設立運営することが違法であることになると解することはできない。

3  また、原告らは、本件組織は、実質的に金銭配当を目的とする無限連鎖講であって、ダイヤの販売は組織加入の単なる手段にすぎないと主張する。

確かに、前示のとおり、本件組織においては、ダイヤの購入が同時に本件組織への加入の前提となっていること、論理的には本件組織が存続するためには人的連鎖が無限に続く可能性が前提とされていること及び配下者を増加させて上位の地位につけば、自己の努力とは無関係な配下者の努力によるダイヤ売上の中から手数料等を取得することができるという関係があることが認められるから、本件組織には無限連鎖講と共通する側面がある。

しかしながら、このように共通する側面があるとしても、以下の諸点に照らすと、相応の価値ある商品流通を伴うという点において、本件組織は、およそ非生産的な金銭配当組織であるとまでは認められない。

すなわち、前示のとおり、本件組織においては、被告会社が販売していたダイヤは真正なものであり、その販売代金がその品質に比して不相当に高額であったとはいえないこと、本件組織の加入者は、ダイヤ購入代金額とMCC受講料一万五〇〇〇円のほか、なんら出捐を要求されておらず、仮に本件組織が破綻した場合でも、加入者の手元には相応の価値あるダイヤが残ること、また、本件組織においては、会員がダイヤの販売媒介に成功すれば、その購入者を本件組織に加入させなくても、所定の手数料等が支払われる仕組みになっており、また、《証拠省略》によれば、被告会社からダイヤを購入した多数の者においても、少なくとも、購入当時は、ダイヤを、いわば販売媒介活動を行うための本件組織への加入証明にすぎない無価値なものとしてではなく、あくまでも宝石としても着目し、真正な代金相応の価値のあるものとして購入していたものであり、新規加入者を勧誘することによる利益の取得のみを唯一の購入目的としていたものではないことが認められる。

したがって、本件組織がダイヤ販売に名を借りた金銭配当組織にすぎないとまでは断じ難いし、無限連鎖講と同程度の違法性があるとも認め難い。

4  さらに、原告らは、本件組織を利用した本件商法が昭和六三年法律第四三号による改正の前後を通じて訪問販売法が実質的に禁止しているマルチ商法を脱法する行為であるとも主張する。しかし、訪問販売法は、右改正の前後を通じて、本件組織のようなピラミッド型の人的販売組織を設立し、右組織に加入した場合に手数料等の特定利益を収受し得ることを誘引として取引を勧誘すること自体は直接禁止しておらず、ただその場合の勧誘方法について規制しているにすぎないから、訪問販売法が連鎖販売取引について右のような規制をしていることを理由に本件組織の仕組みがそれ自体違法であるということはできない。

5  以上検討したところによれば、本件組織の仕組みがそれ自体で公序良俗に反する違法なものとまでは認めることができないといわざるを得ない。

四  本件商法における勧誘の方法の違法性について

1  被告会社が、真実の目的を告げぬまま、顧客を被告会社の営業所に案内した上でダイヤの購入を勧誘するという方法を採ることとし、現実にもそのような勧誘方法を実行していたことは、弁論の全趣旨により明らかである。

このように、ダイヤの購入についてなんら積極的な姿勢を示していない被勧誘者を、販売目的を秘して自己の営業所に案内した上で、ダイヤの購入を勧誘する行為は、その購入意思の形成の自由に影響を与えるおそれがあり、販売方法として健全なものとはいい難い。しかしながら、一般に、取引の勧誘においては、勧誘者が、顧客に対し、取引に応じるようにその意思形成に積極的に働きかけ、そのため様々な勧誘方法を採るということは通常見られるところであって、それが詐欺的な方法をもってされたり、強制にわたる等公序良俗に反することがない限り、それ自体違法と評価されるものではない。ところで、右の勧誘方法及び勧誘の実態は、それ自体では詐欺的な方法とまではいえないし、また、被勧誘者がダイヤを購入するかしないかを決める自由を奪うようなものでもなく、公序良俗に反するとは認められないから、それが違法であり不法行為を構成するとまではいえない。

2  次に、原告らは、被告会社は、BC会場において、被勧誘者を握手攻めにし、映画を上映して成功者による経験を語り、その間に盛大な拍手を送るなどして、会場内の雰囲気を異常な興奮状態に高め、集団催眠により、正常な判断能力を麻痺させた旨主張している。

そこで検討するに、まず、《証拠省略》中には、ダイヤを購入した者は、いずれも催眠状態に陥り、冷静な判断能力を奪われた状態で購入している旨の供述部分があるほか、《証拠省略》中には、BC会場は熱気に溢れ、拍手があり、冷静に選択する時間も与えられず、そのままダイヤ購入の申込みをせずには帰れないような雰囲気になり、ダイヤの購入を申し込んだ旨の供述部分がある。また、《証拠省略》中にも、BC会場において映画を見ていると催眠術にかかったような状態になり、考える余裕もなく事が進められた旨の供述部分がある。

しかしながら、《証拠省略》によれば、原告丁田は、ダイヤ購入の申込書に署名する際、それがダイヤの購入の申込みをする行為であることを正確に認識していたこと、また、同原告は、帰宅後、右申込書を読んで、購入申込み後四日間は右申込みを撤回することができることとされていることを理解したが、翌々日には、友人に勧誘されるまま、再度、その友人とともに被告会社の営業所に赴き、先に自分が購入を申し込んだダイヤよりも気に入った他のダイヤを見つけて購入申込みの内容を変更していることが認められるので、いずれにしろ最終的には冷静に選択する時間が与えられて購入したものと思われるほか、《証拠省略》によれば、ダイヤ購入者の中には、BCを受講した当日には購入の申込みをせず、その後、友人から電話で勧誘を受けるうちに、購入申込みをした例もあることが認められ、BC会場での集団催眠的な結果による購入とはいえない者も存在していることが明らかである。また、承認甲山は、BC会場で、多数の人に囲まれて握手攻めにされたことはなかったと供述しており、《証拠省略》中にも、BC会場においては、盛大な拍手や熱狂的な雰囲気はなく、会場にいる人が正常な判断もつかなくなるような状況ではなかった旨の供述記載部分があることが認められる。右各証拠に照らすと、購入者は、ある程度高揚した気分の下で申込みをしたであろうことは推測し得なくはないが、それ以上に集団的な催眠状態の下で正常な判断能力を麻痺させられた結果申込みをしたことを示す前掲各証拠は、被害者感情が過度に表現されているものであって、いずれもにわかに措信することができず、他に原告らが正常な判断能力を奪うような方法で勧誘されたことを認めるに足りる証拠はない。

3  次に、原告らは、被告会社は、被勧誘者をして、ダイヤを購入して本件組織に加入すれば、短期間に容易に多額の収入を得ることができるかのように誤信させてダイヤを購入させていたと主張する。そして、《証拠省略》中には、BC会場において映画が上映された後、被告会社のトレーナや会員から、「ダイヤを一つ購入するだけで会員になることができ、三人勧誘すれば、二か月後にはBMになれて、月に三〇〇万円以上の収入が得られる。」、「ダイヤを購入して会員になれば、素晴らしいビジネスを行うチャンスが与えられる。」、「会員を紹介してダイヤを買ってもらっただけでお金儲けができる。」等の説明がされた旨の供述記載及び供述部分があるほか、《証拠省略》によれば、原告丁田は、「美容院をしていた人が新しいお店を何軒ももつなどすごい金持ちになった。」等の説明を受けたことが認められる。

しかしながら、前示本件組織の仕組みに照らすと、本件組織において会員となった者が、新たにダイヤを購入する者を紹介すれば、所定の手数料等を取得することができること及び三人の会員を新規に加入させて昇格すればより多額の収入を得ることができるということ自体は虚偽の説明を含むものではない。もとより、現実に三人の会員を新たに加入させることは必ずしも容易なことではないといえるが、不可能なことではなく、前示のとおり本件組織の仕組み自体が違法とはいえないことを併せ考えると、ダイヤを購入させるに当たり、前掲各証拠のような説明をして勧誘することが公序良俗に反し違法な行為であるとまでいうことができない。

なお、昭和六三年法律第四三号による改正後の訪問販売法一一条は、物品の販売の事業であって、販売の目的物たる商品の販売のあっせんをする者を、特定利益を収受し得ることをもって誘引し、その者と特定負担をすることを条件とするその商品のあっせんに係る取引を、同法の規制する連鎖販売業に含めることとし、同法一二条は、当該連鎖販売業に係る連鎖販売取引についての契約の締結について勧誘するに際し、その連鎖販売業に関する事項であって、連鎖販売取引の相手方の判断に影響を及ぼすこととなる重要なものにつき、故意に事実を告げず、又は不実のことを告げる行為をしてはならない旨規定している。そして、本件商法の実態は、ダイヤの購入を条件にダイヤ販売のあっせん活動を行うことを勧誘するものであったと認められるから、本件商法は、右改正後においては、訪問販売法の規制対象となったと解することも可能であろう。

しかしながら、本来自由であり公序良俗に反するものではない取引であっても、消費者保護という別個の行政的な観点から規制の対象となり一定の制約が課されるに至ることはままあることであり、行政的な取締法規の対象となったことから、直ちに当該取引が元々違法なものであったということにはならず、この点は、結局、本件商法が公序良俗に反する内容のものであるか否かを、具体的に検討して決する必要がある。そして、本件商法が公序良俗に反する違法なものであるとまでは認められないことは、既に判示したとおりである。

4  以上に検討したところによれば、本件商法の勧誘方法は、人の心理、感情、物欲等に付け入って商品の販売を拡大しようとするものであり、健全なものとは認め難く、胡乱な商法と評すべきではあるが、勧誘に当たり、虚偽の事実を告げたり、故意に事実を隠蔽したりして相手方を錯誤に陥れ、あるいは、脅したり、困惑させたり、催眠状態に陥らせたりして相手方の意思決定の自由を奪ったりしたとは認められず、結局、原告らは、自らの自由な意思により判断をすることが可能な状態において、その判断に必要な情報の提供を受けた上で、本件組織に加入することを決意したものと認めるほかはなく、後日、原告らがその期待に反して手数料等を取得することができず、不必要なダイヤを購入させられたと思うようになったとしても、そのような不利益は、自らの判断の結果として、自らが負うべきものである。

五  よって、その余の点について判断するまでもなく、原告らの請求は、いずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 青山正明 裁判官 千葉勝美 清水響)

〈以下省略〉

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